テレワーク先駆者が語る、柔軟な働き方を実現するための3つのポイント
2008年の設立当初より全社員がテレワーク環境で働いている株式会社テレワークマネジメント。柔軟に働ける社会の実現を目指し、テレワークが普及する以前から、テレワークに関するコンサルティング事業を進めてきました。
今回は長年蓄積してきた豊富なノウハウを交えながら、審査でも評価の高かった「テレワーク時のコミュニケーション・マネジメント面の課題解決」の取組等についてお話を伺いました。
【総務省主催】「テレワークトップランナー2023 総務大臣賞」とは
総務省では、ICTを利用し、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方であるテレワークの普及促進のため、先行事例の収集・表彰を行っています。2023年度は、テレワークの十分な活用実績に加え、「テレワークの活用による経営効果の発揮」、「テレワーク時のコミュニケーション・マネジメント面の課題解決」、「地域産業の活性化や地域情報化の推進等の地域課題解決への寄与につながる取組」という3つの観点も重視し、審査が行われました。
テレワーク成功の鍵は「働く状況の見える化」「密なコミュニケーション」「時間管理」
設立当時からテレワークを導入したのは、どのような理由からでしょう?
働き方を柔軟にするには、時間だけでなく場所も柔軟にするべきだ、という基本的な考えがあったからです。
テレワークマネジメントは2008年に設立しましたが、その前の1998年に“ネットオフィス”というコンセプトのもと、さまざまなIT関連業務を受託し、全国各地に在住するスタッフとチーム体制で業務を行うワイズスタッフという会社を設立しました。さらにそれ以前には、出産と夫の転勤で会社を退職せざるを得なかったため、子育てをしながらフリーランスとして自宅で働いていた時期があります。その頃の「会社に通わなくても働ける会社を作りたい」という思いから、在宅でありながらチームで働ける会社を設立し、10年で150人のスタッフを抱えるまでに成長しました。
ただ、10年かけても150人の働き方を変えることしかできなかったことから、「より多くの人の柔軟な働き方を実現するためには、日本の企業を変えることから始めることが必要」だと実感しました。日本の企業にテレワークを広める使命を持ち、新たにテレワーク専門のコンサルティング会社を設立し、現在に至っています。
2008年の設立当時は、テレワークはほとんど認知されていませんでした。けれど、会社に通勤することなく柔軟に働き続けたいと考える人には、必須の環境なのです。
テレワークを可能にするために必要なものとは?
大きく3つあります。
1点目に、バーチャルオフィス空間です。
テレワークでは人の姿が見えません。あの人は席を外している、会議で忙しそうだ、今なら声がかけられそうだ、といった、オフィスにいれば当たり前に分かることが分からない。そして、見えないことは不安につながります。日本はチームで働くことが多いので、自然と仲間意識が醸成されます。それには良い面も悪い面もありますが、私は日本らしい大事な部分だと考えているので、これを見える化するためにバーチャルオフィスを構築しました。弊社では、会議中、集中作業中、離席中など、離れた場所にいても他の社員の「今の状況」が一目でわかる『バーチャルオフィスSococo』を運用しています。
2点目に、密なコミュニケーションができる環境をつくることです。
オフィスにいると人に出会ったり、すれ違ったりしますが、テレワークではそれがありません。業務に関する報告・連絡・相談だけでは無機質なので、情報・ノウハウの共有、雑談などができるツールを探し出しました。現在運用している社内SNS『Workplace』は、自分が直接関わっていないプロジェクトについてもタイムラインに情報が流れてくるので、リアルなオフィスに近いコミュニケーション環境が再現できています。
3点目は、時間管理。マネジメント課題にも関わる部分です。
テレワーク先進国といわれるアメリカは成果主義が優先され、時間管理は古い発想だと言われることもあります。けれど、会社とは成果さえ出せば良いものではありません。働く人が心身共に健康で幸せであることが重要であり、そのためには時間管理が必要だと考えています。
コミュニケーションの秘訣「仕事の話と雑談は敢えて分けない」
テレワーク時のコミュニケーションの課題について、具体的な工夫があればご紹介ください。
オンラインでの朝礼、体操、雑談タイムなどを設けています。とは言え、コミュニケーションが苦手な人がいるのは事実で、嫌がる社員もいます。けれど、コミュニケーションは仕事するうえで欠かせないものなので、参加はほぼ必須です。ただ、その分、コミュニケーション方法の敷居を下げる工夫を施します。
例えば、いきなり雑談しろと言っても何を話したらいいのか戸惑ってしまいますよね。そこで、朝礼後の雑談タイムでは「ネタ・ルーレット」を作り、表示されたテーマについて一言ずつ話してもらいます。自然に意見を言いやすい状況を作り出してあげるのです。こうした軽い会話からコミュニケーション能力を育み、ひいてはファシリテーションのトレーニングにもつながります。
また、オンラインだけでなく、リアルでのコミュニケーションも大切にしています。年に1回はオフラインでの全体会議を開催しており、ワーケーションとして、北海道に集まったこともあります。
「顔を見ながらのコミュニケーション」「リアルに会うこと」、そして「日々の雑談」などを通じて人となりを知ることで、社員同士の関係性向上が成し得ると考えています。良い関係性を築くことで、仕事上のやり取りもスムーズに行えるようになりますね。
コミュニケーション面の課題解決について、一番の工夫は何ですか?
業務上のコミュニケーションと関係性向上目的のコミュニケーション(雑談など)の場を分けないことです。
よくあるのが、それぞれ用途別にコミュニケーションツールを分けて運用するケースですが、あまり効果的だとは言えません。例えば、オフィスでは、仕事の話をする前に自然に雑談が始まったりしますよね。わざわざ「雑談しよう」と別の場所へ移動するなんてことはしません。
つまりツール上では、仕事の話がされている中に「うちの猫かわいいでしょ?」といった話題も入ってきます。それがすごく大事なことなんです。仕事のコミュニケーションだけだと、孤独に仕事をこなす状態が続き、無意識にストレスが溜まってしまうもの。そこにフッと日常の話題が入ってくることで、精神的な安心感や他者への共感といった良い作用を生み出すのです。
「時間」だけでも「成果」だけでもない、テレワークのための人事評価を構築
テレワーク時のマネジメント面における課題解決方法とは?
柔軟な働き方を許容するけれども、働きすぎない、あるいはサボらないようなルールを決めることです。テレワークは自由な反面、自分を律し、成果を上げる必要もあります。ただし、すべての人がルール無しにそうできるわけではありません。子育て中の人も、介護中の人も、それぞれの事情を持つ人が平等にテレワークで働くために、ルール付けが必要なのです。
そのルール付けの一つが「時間管理」です。
「時間管理」には「監視」「拘束」などのイメージもあります。
確かに難しいところです。社員を「監視」し過ぎると信頼感の低下につながりますが、「自由」にし過ぎるとサボりや超過勤務につながる危険性があります。大切なのは「自律」マインドを育成することです。
コンセプトは「ゆるやかな柵」。小屋につながれた羊は窮屈ですが、大平原に放たれた羊には不安やストレスが溜まります。必要なのは、ゆるやかな柵の中で、時間や場所を柔軟に働ける環境だと考えています。例えば、家族の関係で「中抜け」する時は明確に抜け、働く時は集中し、残業はしないなどです。
柔軟な働き方を実現するためには既存のシステムでは対応しきれなかったため、在宅でも公私の区別を明確にし、隠れ残業を防止できる勤怠マネジメントシステムを開発して活用しています。
ゆるやかな時間管理の中で、評価はどのように行っていますか?
人事評価は明確に定めています。
多くの企業は、評価を「足し算」で行います。行動や成果も見るけれど、勤務時間も見るので「残業する社員は頑張っている」という評価になりがちです。すると、子育てや介護に関わっている社員は時短勤務を選択するので、同じ成果を上げたとしても、勤務時間が短いから「足し算」では評価が下がってしまう、という現実がありました。反対に、成果主義を厳しくすると、短い時間しか働けない人が疲弊してしまいます。
私たちが考えるのは「成果÷時間」の評価です。
分母が曖昧だと評価できないので、時間はもちろん大切ですが、足し算の場合とは時間と成果の関係が異なります。
時間管理とは、企業が雇用する従業員の健康を守るために考えるべきもの。従業員は、「成果÷時間」で評価されるなら、短い時間で効率よく働こうと考えるので、そこが重要なのです。
誰もが自由に働き、幸せになれるフェアな社会へ
テレワークを推進して、良かったと思うことはなんでしょうか?
社員や仲間から「あの時仕事を辞めず、仕事を続けられたおかげで今の自分がある」と言われることがあります。まさにテレワークがあったからであり、そんな言葉を聞くと私も幸せです。「テレワークがあったから二人目の子が産めた」という声も聞きました。テレワークは働き方の一つに過ぎませんが、それを進めたおかげで誰かが幸せになっている。それは素敵なことだと思います。
今後、子育てや介護などでフルタイム勤務ができない人は増えることが予測されます。必要なのは、この人だけ、この業務だけ、ではなく、誰もが活用できるフェアなテレワーク環境です。
小さな一歩からのスタートでかまいません。「とりあえず、Web会議を導入してみる」といった目標でもいいでしょう。大事なのは、スモールスタートでも、最終的なゴールを定めておくこと。うまく運用できたら徐々に範囲を広げていき、それがひいては全社の働き方改革へという連鎖を生んでいくこと。壁にぶつかることはもちろんありますが、施策を止めないことが、自由な働き方を実現する近道です。
株式会社テレワークマネジメント
代表取締役
田澤 由利さん
上智大学卒業後、シャープ株式会社でパソコンの商品企画を担当。フリーライターを経て、1998年、夫の転勤先であった北海道北見市で、在宅でもしっかり働ける会社を目指し、株式会社ワイズスタッフを設立。2008年には、日本初のテレワーク専門のコンサルティング会社である株式会社テレワークマネジメントを設立。民間企業へのテレワーク導入支援や、国や自治体のテレワーク普及事業等を広く行う。
国の会議にも委員やアドバイサーとして数多く参加。現在は、国土交通省 国土審議会、内閣府 地方創生テレワーク検討会議、総務省 「ポストコロナ」時代におけるテレワーク定着アドバイザリーボードなど、テレワークの新たな普及定着に向けた政策検討会議に参画している。